企業、ネット「直販」に軸足 キリンや資生堂、通販サイト「素通り」 SNSで直接発信

食品や化粧品メーカーが、大手のネット通販サイトを介さずに消費者に直接リーチする動きを強めている。「ダイレクト・トゥ・コンシューマー(D2C)」とも呼ばれる商流で、消費者との関係を深めやすいほか、大手サイトへの手数料も省ける。「素通り」への懸念を強めるアマゾンジャパン(東京・目黒)や楽天は、物流や海外販売など付加価値を高めプラットフォーマーの地位を死守する構えだ。

f:id:kokoro-sukui:20190913150420j:plain

 

市場の縮小に悩むビール業界。キリンビールは新たな個人需要を発掘しようと、新鮮なたる詰めビールを工場から消費者宅に直送するサービスに力を入れる。月7500円(税別)を支払うと月2回、1リットルのビールが2本届き、専用サーバーで楽しめる。

申し込みは自社サイトに限定し、大手通販サイトでは買えない。「一番搾りプレミアム」やクラフトビールなど限定品を消費者に直接届け、市販品では満足できない顧客層をすくい上げる狙いだ。申し込みが集中し一時中断していた受け付けを再開し、2021年末までに3万人の会員獲得を目指す。

日本の消費者向けの電子商取引(EC)市場は18年に18兆円に迫った。00年代初頭は新興ネット企業やメーカー系の通販サイトが林立したが、その後、アマゾンジャパンや楽天といったEC大手が台頭した。

大手サイトの武器は多様な商品群と集客力だ。メーカーは出品さえすれば顧客獲得や物流を担ってくれる。一方、アマゾンでは8~15%程度の販売手数料が必要なほか、大手サイトでは多様化する消費者の声を拾いきれないといった不満も募っていた。

こうした状況を背景に近年広がるのが、大手サイトを介さずに消費者にリーチする「D2C」と呼ばれる商流だ。

資生堂は7月、その日の肌の状態や天候に合う化粧液を自宅で簡単に調合できるサービス「オプチューン」を本格的に始めた。専用のスマートフォンアプリで肌を撮影し、皮脂量や水分量を測定。天候や花粉の飛散量、睡眠状態などのデータと掛け合わせ、8万通りの配合パターンから最適なスキンケア化粧品を提供する。

消費者の自宅には5種類の化粧液のもとが入った専用マシンが届く。月額1万円(税別)のサブスクリプション(定額制)方式でサービスを提供。化粧品のもとはなくなる直前に自動で送られる。消費者と直接つながることで、きめ細かなニーズを吸い上げ、新たな商品開発にも生かせる。

D2Cのうねりは米国のスタートアップ企業から生まれた。ネット直販で中間業者を省き、質の高い商品を低価格で提供するビジネスモデルが消費者の支持を獲得。化粧品の「グロッシアー」やスニーカーの「オールバーズ」などが勃興した。巨額の資金調達に成功する企業も多く、既存の業界の枠組みを揺るがす潮流に育ちつつある。

日本でもD2Cにいち早く取り組んだのは新興企業だ。I-ne(アイエヌイー、大阪市)は15年にシャンプー「ボタニスト」をネット中心で発売した。値段は1500円前後と高価格帯だが、植物素材を多く配合した成分やシンプルなデザインがSNS(交流サイト)などを通じ拡散しブランドが定着した。

EC大手と直販のメリットを使い分ける企業も出てきた。アディダスジャパン(東京・港)は自社サイトとは別に、米イーベイ傘下のECサイト「Qoo10」にアウトレット店を出店した。

自社サイトではコアな顧客層に最新モデルなどを訴求する一方、幅広い顧客層が訪れるアウトレット店では割安な商品を取りそろえ、これまで手薄だった若年女性の需要を取り込む狙いだ。

 

副業はAIの教師 急増する「ゴーストワーカー」

ネットサービスの急成長を支え、日々進化する人工知能(AI)。人間の仕事を奪うとの懸念も強いが、実はそのAIを機能させるために驚くほどの手間と労力がかかっている。そんなAIを裏で支えるのが「ゴーストワーカー」だ。

「AIの仕事って、こんなところに落ちてるんや。面白そう」。

関西に住む佐藤かおりさん(仮名、28)が、インターネットで副業を始めたのは2017年のこと。正社員としての年収は250万円で、なかなか上がらない。一人っ子で親の将来を考えると不安にもなる。家でできる副業をしようとクラウドソーシングのランサーズ(東京・渋谷)に登録した。そこで見つけたのがAIの機械学習を手伝う仕事だった。

AIは大量のデータから学ぶ機械学習が核。データを与えるだけでなく、物事の判断を教える必要がある。赤ちゃんに「この写真は犬」「この写真は猫」と教えるような作業で、タグ付けやラベリングといわれる。単純だが人間の見識がいる。

佐藤さんはそんな「教師役」のひとり。アニメのキャラクター画像を見ながら一つ一つ性別を仕分けたり、企業が使うAIチャット用に質問と答えを準備したりしている。例えば、「このワンピースに合うジャケットある?」との問いにいくつかの答えを用意する。

佐藤さんは平日の帰宅後に1~4時間、土日に4~6時間働き、月数万円の収入を得る。他のワーカーとチャットで雑談し、仕事を分け合うことも。「見えない会社に勤めているよう」と話す。

「最先端のAIを障がい者が支えていることを知ってほしい」。ミンナのシゴト(栃木県鹿沼市)の兼子文晴社長はこう話す。AI開発などの作業を企業から請け負い、AIスピーカーに入力された音声から固有名詞だけ拾うといった仕事を障がい者に委託する。時給は約1300円。依頼は急増中だという。

企業がこぞってAIの活用に乗り出す中で、こうした単純作業が膨大な量となっている。ランサーズによると「企業の発注が急激に伸びたのはこの2~3年」。企業からするとアウトソーシングによりコストカットができるため、大手企業も積極的に利用する。

f:id:kokoro-sukui:20190911100103j:plain

世界でも注目されている。米マッキンゼー・アンド・カンパニーは18年のリポートでAIの課題を5つ指摘した。その1番目に置いたのが「ラベリング」。情報収集の方法や、判断の偏りの是正などはその後に続く課題と位置づけている。

AIでは人の介在が不要な「教師なし学習」の技術開発も進むが、野村総合研究所の上田恵陶奈・上級コンサルタントは「教師ありも教師なしもそれぞれ強みがある。人による作業がなくなることは当面ない」とみる。

米国では今春、米マイクロソフトの研究者らが「GHOST WORK」と題する本を出版し、話題を呼んだ。この本では様々なゴーストワーカーが紹介されている。

例えば、ウーバーが手がける配車サービス。米国で暮らす客と運転手の間に、実は見えない第三者がいるという。インドに暮らしながら、ネットで運転手を本人か確認し、事前登録した顔と一致すれば、運転手にゴーサインを出す人だ。

世界にゴーストワーカーがどのくらいいるかは不明だが、企業と単純労働の働き手を結ぶサイトは各国にある。世界銀行は15年、約580万人が登録していると報告した。

有名なサイトのひとつに「アマゾン・メカニカルターク」がある。機械仕掛けのトルコ人という意味だが、1700年代、自動チェス機が開発されたが、実はその中にはトルコ人のチェス名人が入っていたことに由来する。

米国人のほか、インド人など英語を使える外国人がサイトを利用し、様々な単純作業の依頼が飛び交う。見えないところで人が働く姿は今のゴーストワークに似通う。

その他にも、最近では経済が破綻状態にあるベネズエラで自動運転のための情報が入力されているとの報道もあった。新たな雇用を生んでいるものの、必ずしも処遇がいいとはいえない。低賃金、孤独、スキルアップの機会がない。ゴーストワーカーが挙げる悩みだ。

佐藤さんも「企業はネットの向こうにスーパーマンがいると勘違いしていると思うことがある」と話す。1カ月で1万件の画像処理といった過剰発注を見かけたり、明らかに事実と異なる情報の入力を求められたりしたことがあるという。「私たちはただ作業する機械じゃないのに」。

企業は、AIの開発やコストカットを急ぐあまり、見えない働き手に無理を強いていないだろうか。ネットサービスを含め、その質の向上のためにも、開発過程で働き手に十分な配慮がなされているか点検が必要だ。

(福山絵里子)

宇宙の交通整理、日米が連携 衛星管制や「ごみ」除去

日米両政府は宇宙空間で人工衛星の事故が発生しないように「交通管理」の仕組みづくりで連携する。米商務省は航空機の管制システムのように衛星の位置を把握できる情報網を構築する。日本は宇宙の交通網を阻害する宇宙ごみスペースデブリ)の除去技術を2020年代半ばにも確立して協力する。将来の国際的な宇宙の交通ルール整備をにらみ、英仏など欧州との連携もめざす。

宇宙での国際協力はこれまで国際宇宙ステーションISS)が中心だった。米国の呼びかけで日本は欧州、カナダとともに1985年に計画への参加を表明し、冷戦終結後にロシアも加わった。こうした多国間の枠組みに加え、日米独自の新たな協力策を検討する。

宇宙開発は中国など新興国が急速に追い上げている。トランプ政権は2024年までに再び有人月面着陸を実現する「アルテミス計画」を打ち出した。月面探査や将来の火星探査の拠点として、月を回る新しい宇宙ステーション「ゲートウエー」を構想する。5月に訪米した菅義偉官房長官とペンス米副大統領の会談では宇宙分野での連携強化が話題になった。

f:id:kokoro-sukui:20190910160441j:plain

日米両政府が研究を進めるのは「宇宙交通管理(STM)」と呼ぶ分野だ。7月にワシントンで開いた宇宙に関する政府間対話で協力の拡大を申し合わせた。

深刻なのは宇宙ごみの存在だ。宇宙空間は各国が人工衛星を独自のルールで飛ばしている。米航空宇宙局(NASA)の統計によると、07年の中国による人工衛星破壊実験と09年の米国とロシアの衛星衝突事故を機に宇宙ごみが急増した。放置していると破片は衝突を繰り返して増え続ける。衛星やISSにぶつかれば被害は甚大だ。

宇宙空間の管制システムは現在、米軍が安全保障目的で開発している。ビジネス用途の衛星が増えており、米軍の管制業務の負担を軽くするため米商務省が民間も活用できる交通情報網をつくる。商務省は民間の衛星の動きを一手に把握し、他の衛星や宇宙ごみが接近すると警報を鳴らすシステムを検討する。

日本の宇宙ごみ除去技術は、安倍晋三首相が6月の20カ国・地域首脳会議(G20大阪サミット)で実証実験を始めると表明した。22年までに実験用衛星を飛ばし、宇宙ごみに並走して画像を撮ったり動き方のデータを取ったりする。除去機能を持つ別の実験用衛星で宇宙ごみの捕獲を試みる。25年までに一連の技術の実用化をめざす。

欧州宇宙機関ESA)の資料によると、これまで打ち上げられた衛星の数は約8950基。NASAは10センチメートル以上の宇宙ごみ約2万個の存在を確認している。1~10センチは50万個、1ミリメートル以上は1億個以上あると推計するが、回収技術は世界的に確立されていない。

日米は宇宙ごみの監視や除去の研究を独自に進める欧州勢との協力を視野に入れる。中国やロシアとの連携も課題だ。中ロを含む92カ国が加盟する国連宇宙空間平和利用委員会は6月、宇宙ごみの低減や衛星の安全維持に向けたガイドラインを採択した。

だが実際に衛星の衝突や宇宙ごみを減らすには、衛星破壊実験の抑制や国際的な通報・協議のメカニズムが重要になる。まずは日米を中心に関係国で交通管理の仕組みを共有し、国際交通ルールの整備につなげていく。

ファーウェイ、「グーグル無し」スマホ発売へ

【広州=川上尚志】米政府が5月に発動し、華為技術(ファーウェイ)を狙った輸出禁止措置の影響が大きく出てきた。今月中旬に発表予定の海外向けのスマートフォンの新機種は、米グーグルの主要ソフト「Gメール」や地図検索などが一切使えなくなる見込みだ。これにより、2019年の海外向けスマホの販売は前年比で1千万台以上の減少が見込まれる。ファーウェイはソフトの自前開発を急ぐが経営環境は厳しさを増している。

f:id:kokoro-sukui:20190906085550j:plain

「(米国による5月から90日間の期間限定で認められた一部の)猶予措置はもうこれ以上、ファーウェイの新製品に適用されない」

8月末。グーグルのファーウェイとの取引に対する新方針がファーウェイにはっきりとした形で伝わると、社内に衝撃が走った。恐れていた事態が、とうとう現実のものになるからだ。

米商務省は5月、ファーウェイに対する禁輸措置を発動し、米国由来のソフトや半導体などの調達を制限した。一方で、米国の消費者を守るとの観点から、90日間に限ってはグーグルなど一部の米企業とは取引を許可する猶予期間を設けた。特例から、ファーウェイは何とか首がつながり、グーグルからスマホ用のソフトの供給を受けることが可能となっていた。

90日間の猶予期限を迎えた8月19日。商務省は猶予期間をさらに90日間延ばすと発表した。だが最大の焦点だったグーグルへの特例は今回は期限切れ。グーグルは商務省の発表を精査し、ファーウェイにはこれ以上ソフト供給することはできないと判断したという。

このままいくと、ファーウェイが今後発売する新製品スマホでは、アプリ配信サービスの「グーグルプレイ」やメールの「Gメール」、地図の「グーグルマップ」、動画共有の「ユーチューブ」といった主力ソフトが軒並み使えなくなる。

まず影響が出るとみられているのが、今月中旬、ドイツ・ミュンヘンで発表する予定の主力スマホの新機種「Mate30」だ。さらには、9月中に発売するとみられていた折り畳み型スマホ「MateX」など今後投入する新機種も、グーグルの主要ソフトは搭載できなくなる見込みだ。

中国で販売されるスマホはもともと政府規制でグーグルのソフト搭載は認められていないので影響はない。問題は海外向けのスマホ。これまでほぼグーグルのソフトを使ってきたため、今後は「グーグルなし」で市場の開拓に挑む必要がある。

f:id:kokoro-sukui:20190906085805j:plain

「海外販売への影響は大きい。販売台数は前年比3割以上減るだろう」。IT業界に詳しい中国のアナリストはそう指摘する。ファーウェイのスマホ出荷台数は18年に中国で約1億台、海外でも約1億台とされ、海外販売の落ち込みは大きな痛手だ。英調査会社のIHSマークイットも、ファーウェイのスマホの海外出荷台数は19年に8800万台と、前年比で1300万台減ると予測する。さらに別のアナリストは「今後、欧州向けに強化予定だった低価格のスマホの拡販も厳しくなるだろう」と指摘する。

ファーウェイはこうした事態に備え、自前のソフトの開発を進めてきてはいる。例えば、基本ソフト(OS)では、グーグルの「アンドロイド」が使えなくなることも想定し、自前OSの開発を進めてきた。アンドロイドは無償公開のOSで、禁輸措置の対象ではないが、利用できなくなる場合は自前OSに切り替える考えだ。ただ、アナリストの中には「ファーウェイが(グーグルに匹敵する水準まで)自前のソフトを充実させるには2~3年はかかる」との厳しい見方もある。

そのためファーウェイ幹部も話す通り、「当社は自主開発は進めるものの(やはり世界で既に普及している)グーグルのソフト利用が認められるのであれば、引き続き利用したい」のが本音だ。

しかし米国は態度を軟化させるどころか、むしろ厳しい姿勢を貫く。トランプ米大統領は4日、ファーウェイを「安全保障上の脅威だ」とあらためて述べた。「(米企業との取引は今後、特例なく)非常に短期間のうちに、ほぼ完全に止まる」とも語った。10月に再開予定の米中貿易協議でもファーウェイの制裁は「議論しない」とした。

「当社は生きるか死ぬかの瀬戸際に立っている」。8月20日、ファーウェイの任正非・最高経営責任者(CEO)は従業員宛ての社内通達でそう記した。ファーウェイの危機感は今、最高潮に達している。

データエコノミー 次なる資源の争奪戦

今年度の新聞協会賞受賞が決まった日本経済新聞の「連載企画『データの世紀』とネット社会に関する一連の調査報道」は、情報資源を経済に生かす「データエコノミー」の広がりと課題を追った。データは21世紀の「新たな石油」ともされる成長の原動力だ。だが巨大IT(情報技術)企業への富の集中など様々なリスクもはらむ。企業や国や個人には、データを使いこなす知恵が求められている。

連載「データの世紀」が始まったのは2018年4月。米フェイスブックから8700万人分もの個人データが流出した問題が発覚した直後だった。

米国に飛んだ記者から驚きの取材報告が寄せられた。最新のデータ分析技術は、SNS(交流サイト)の投稿内容や「いいね!」を付ける傾向から、その人の趣味や価値観まで割り出せる。大統領選を左右する世論操作も可能という。

形の見えないデータ資源を巡り、とてつもないことが起きている。取材班全員の目の色が変わった。

ビッグデータ人工知能(AI)など新技術は猛スピードで進化する。影響は経済や政治、社会全体に及び、私たちに恩恵をもたらす。だがデータの悪用は偽ニュースの拡散などで民主主義の土台も揺るがしかねない。巨大IT企業に富と力が集まる「新しい独占」の弊害も生む。

副作用を抑えてデータを活用し、成長につなげる条件は何か。試行錯誤の取材が続いた。

「悪く書くなら取材は受けない」。多くの企業は、情報管理やデータを扱う責任に関する質問に、口をつぐんだ。専門用語やデジタル広告などの複雑な仕組みもハードルとなった。

難解なデータエコノミーの最新の動きを、どう伝えるか。記者は欧米や中国、インドなど世界各地で象徴的なエピソードを探した。わかりやすい「私の目線」にこだわり、記者自身の体験取材も展開した。

一人の記者は、個人情報保護のために便利さを犠牲にできるか検証しようと、グーグルやフェイスブックなどを使わない実験を試みた。「GAFA断ち3週間 仕事の生産性は3分の1に」(19年6月25日、電子版)で、仕事や私生活に支障をきたした自分の姿を通じ、GAFAの影響の大きさを描いた。

別の記者は、米アマゾン・ドット・コムのサイトで偽ブランド品を買って調べた。「だまされたAI アマゾン、偽ブランド品推奨」(19年4月13日付朝刊1面)で、AI頼みの不正監視の危うさを指摘した。

つかんだ事実は、徐々に企業や国を動かした。「情報共有先 明示せず5割 主要100社調査」(19年2月26日付朝刊1面)の調査報道が、そのひとつだ。

日本の主要企業のサイトを独自に分析し、半数近くがユーザーのネット閲覧履歴などの個人データを、共有先を示さずに外部に渡していたことを明らかにした。報道後、利用規約やサービスの見直しが相次いだ。

IT大手と取引企業の偏った力関係も問題視し、日本の独占禁止法の運用見直しの機運を高めた。日本の個人情報保護法制の範囲が欧米より狭いことも指摘。20年に予定される法改正で「使わせない権利」を導入する議論につながった。

データ活用を巡る課題はたえない。8月には就活サイト「リクナビ」が学生に十分に説明せずに内定辞退率の予測データを売っていた事実を突き止め、スクープした。売り手のリクルートキャリア(東京・千代田)ばかりか、トヨタ自動車三菱電機など購入企業の姿勢も問題視された。

人の価値がAIのデータ分析で選別されうる時代が来ている。企業に個人情報を扱う責任や覚悟は十分だろうか。

「データの世紀」は始まったばかりだ。企業や国、個人がどう動き、豊かな社会をつくるのか。手探りの取材は続く。

「AIのゴッドファーザー」雌伏の30年

あらゆる産業に浸透し始めた人工知能(AI)。20世紀後半の2度のブームから「冬の時代」を経て幕が上がった復活劇の主役はカナダ東部の街トロントにいる「AIのゴッドファーザー」と2人の弟子。3人を源流とするAI革命を彩る華麗なる人脈を追う。

■「ディープラーニング」の伝道師

ディープラーニング(深層学習)」。10年前にはほとんど知られていなかったAIのキーワードを世界に広めたのが、トロント大学名誉教授で「ゴッドファーザー」の異名を取るジェフリー・ヒントン(71)、その弟子でフェイスブックのヤン・ルカン(59)、孫弟子でモントリオール大学教授のヨシュア・ベンジオ(55)だ。AI研究者は3人を「カナディアン・マフィア」と称する。

ヒントンがいるトロントには世界中からAI人材が集まり、今や「北のシリコンバレー」と呼ばれる。200社超のAIスタートアップが生まれ、グーグルやエヌビディアが研究拠点を置く。大学近くのインキュベーション施設にはヒントン率いるAI研究所と同じ階にウーバーテクノロジーズが入居している。

トロントにはAIの才能を生かすエコシステム(生態系)がある」。シリコンバレーで起業するつもりだった元フェイスブックのスティーブ・アーバイン(40)は、ルカンの紹介で会ったヒントンからこんな言葉を聞いてトロントに引かれた。17年にシリコンバレーを去りAIスタートアップを起業した。

■注目されなかった論文

トロントの隆盛の原点が、06年にヒントンが発表した論文だ。コンピューターに、自ら繰り返し深く学習する能力を与えることで、飛躍的に認知能力や分析能力を高める考え方だ。ルカンらの研究成果も盛り込んだ、今のAIの根幹をなす論文だったが、当時はあまり注目されなかった。07年に著した関連する論文に至っては、ある著名な学会から受け取りを拒否された。「そういうことは忘れないものだよ」。ヒントンはいう。

不遇の原因の一つは神経回路の仕組みをコンピューターに応用した「ニューラルネットワーク」という技術を使っている点にあった。この理論は当時のコンピューター科学者の間では、古くさい技術だと思われていた。

技術をわかりやすく伝える目新しい言葉はないか――。ヒントンやルカンが見つけたのがディープラーニングだった。技術の本質を突いた言葉を意識的に使うようになって少しずつ知られるようになっていった。そして12年、ついにヒントンらはAI革命を起こす。

その場面に立ち会った日本人がいる。東大の博士課程で画像認識を研究していた牛久祥孝(33)だ。10年に始まったAIの性能を争う国際大会。東大は初回から参戦、初優勝を狙っていた。初めてリーダーを任された牛久がライバルとみていたのは、名門のパロアルト研究所を持つゼロックス。初出場のヒントン率いるトロント大は全く眼中になかった。

競うのは静止画の画像認識の精度だ。牛久が優勝ラインと想定したエラー率は26%台。0.1ポイント単位の攻防になるはずだった。

■10ポイント差の衝撃

東大の研究室で競技の結果を伝えるホームページを見た時、牛久は衝撃を受けた。「なんだこれは!」。エラー率26.1%の東大を抑え1位となったのはトロント大。2位までが0.1ポイント単位の差で接戦を演じたのに対しトロント大は15.3%で、2位と10ポイント以上差をつけた。文字通りケタ違いだった。

さらに驚かされたのが、そこに紹介されていたわずか97文字のトロント大の技術を説明する一文だった。学部生時代にニューラルネットワークを学んでいた牛久は、当時のAI研究者のご多分に漏れずこう思った。「なぜ今さらニューラル?」。謎を解くためにイタリア・フィレンツェに飛んだ。

フィレンツェでは競技の参加者が一堂に会し、各チームの手の内を公開することになっていた。順位が低いチームから発表し、2位の東大の説明中、急に会場の空席が埋まり始めた。次に控えるトロント大の説明を聞きたい研究者たちが続々と集まってきたのだ。

牛久はヒントンのマジックが解き明かされる場面を鮮明に覚えている。壇上で説明するトロント大のチームに議論をふっかけ始めたのがルカン。そのやり取りが進むにつれ、牛久の疑問は徐々に氷解していった。

ほかのチームのAIは、あらかじめ人が教え込んだ特徴を満たしている画像しか認識できなかった。ヒントンたちはディープラーニングを使ってAIがデータを基に、自動的に画像の特徴を学習するようにしたことで、飛躍的にエラーが少なくなったのだ。

■「歴史が変わる」

「歴史が変わるだろうなと思いました」。牛久が言う通り、AIを取り巻く景色はこの日を境にガラリと変わった。世界中の研究者がディープラーニングを学び、企業もその流れに乗り遅れまいと動き始めた。

「冬の時代」の終わりを告げるこの革命を起こした3人の出会いは、約30年前に遡る。

ヒントンは1980年代にニューラルネットワークに関する論文を発表、一部の研究者の間で話題となったが決定的な成果を示せずに忘れられた。論文に書いたAIに、コンピューターの性能が追いついていなかったのだ。

そんな斜陽の学問に関心を持ったのがフランスで学生時代を過ごしていた若きルカン。指導者不在の環境で探し当てたのがヒントンの論文だった。華麗なるAI人脈は、この「発見」から始まったとも言えるだろう。

f:id:kokoro-sukui:20190903073742j:plain

■3人の出会い

「この人に会わなければならない」。そう考えていたルカンにチャンスが巡ってきた。85年、フランスで開かれるシンポジウムでヒントンが講演するというのだ。

ヒントンを遠巻きに見ていたルカン。するとヒントンが突然、シンポジウムの主催者に聞いた。「ヤン・ルカンを知っている?」。ルカンは自分の名前が出たことに驚きつつもとっさに答えた。「ここにいます!」

2人は翌日、北アフリカ発祥の料理、クスクスを食べAIの可能性を語り合った。ヒントンもルカンの論文を読んでいた。2年後、ルカンはヒントンのもとで研究を始めた。

トロント大を出てベル研究所に移ったルカンのもとを訪れたのが博士課程を終えたばかりのベンジオ。SF好きが高じてAIに関心を持ち、ある専門書の一章に目を留めた。ヒントンが書いたニューラルネットワークに関する章だった。「私は恋に落ちました」

ヒントンの弟子であるルカンに学んだベンジオはモントリオール大の教授となり、500キロ以上離れたヒントンのもとにも通い詰めた。ヒントンの自宅と、大学を2人で歩く時間に発表前の論文の内容まで相談する間柄になった。

以来、ヒントン、ルカン、ベンジオは一蓮托生(いちれんたくしょう)でAI研究の道なき道を歩んできた。

■コンピューターのノーベル賞を受賞

19年6月15日夜、師弟3人は晴れがましい舞台で顔を合わせた。米サンフランシスコのホテルで開かれた「チューリング賞」の授賞式。コンピューター科学のノーベル賞と呼ばれる同賞に、そろって選ばれたのだ。

壇上に立ったヒントンは2人の弟子や聴衆を前に語りかけた。「私がどれだけこの賞を取りたかったことか……」。ヒントンのこの言葉には、長い冬の時代を過ごした男の充足感がにじんでいた。

現在、ヒントンはグーグル、ルカンはフェイスブックに籍を置き、AI研究に携わる。ベンジオは大学に残り、AIスタートアップの育成に尽力している。ヒントンに敗れた牛久も東大を飛び出し、オムロンの研究子会社に移籍した。異端児たちが生みだしたAIの知恵を世界が求めている。

AI研究は爆発的な勢いで進み始めた。ヒントンたちの理論が過去のものとなる日も遠くないかもしれない。だが3人を源流とするAI人脈は今も枝葉を広げ伸び続けている。

=敬称略、つづく

(清水孝輔、杉本貴司)

「サブスク」事業、米IT大手とネットフリックスの違いとは(上)

テクノロジーアナリスト/GFリサーチ 代表 泉田良輔

サブスクリプション」は日本語では定期購読や定期購入を意味し、「サブスク」と略される。新聞や雑誌などでは当たり前の購入スタイルだが、このサブスクリプション方式が現在、インターネットのビジネスモデルとして注目を集めている。

 映画・ドラマなどの動画を視聴できる「ネットフリックス(Netflix)」、スポーツ好きには欠かせなくなった試合中継の「ダゾーン(DAZN)」、利用者の好みに合った音楽を選曲し配信する「スポティファイ(Spotify)」、アマゾンの様々なサービスを利用できる「アマゾン・プライム(Amazon Prime)」など――こうした一定額を払うと見放題や聞き放題になるネットサービスが、サブスクリプション方式のビジネスモデル(以下、サブスクリプションモデル)を採用していると呼ばれる。

 サブスクリプションモデルを採用しているのは消費者向けのネットサービスだけではない。クラウドサービスやビジネスソフトウエアなど、企業向けの製品・サービスにおいても似たようなビジネスモデルが存在感を増している。

 このサブスクリプション方式を採用したビジネスは、どの程度の規模にまで成長するのだろうか、将来はすべてのビジネスがサブスクリプションモデルになってしまうのであろうか。ここでは、GAFA(グーグル、アマゾン・ドット・コムフェイスブック、アップル)やマイクロソフトといった米大手IT企業とネットフリックスそれぞれの取り組みを見ながら、サブスクリプションモデルの可能性について見ていきたい。

広告モデルからサブスクリプションモデルへの転換は大きな流れ

 そもそも「サブスクリプションの何が新しいのか」という声はあると思う。ただ、これまでインターネットのサービスを提供し、グローバルで大きくなった企業は、広告を主な収益源にしており、消費者には課金しないビジネスモデルを採用していた。サブスクリプションモデルはその流れを変え、消費者に課金することで収益を得ようとする点で大きな転換であるのは間違いない。

 たとえば、グーグル。同社の売上高のほとんどは広告収入だ[1]。この広告費用は広告の出稿者が支払い、検索を実行する、あるいの検索した記事や動画などのコンテンツを視聴する利用者には課金されない。月間利用者が24億人(2019年第2四半期)に達するSNS(交流サイト)のフェイスブックも同様に売上高のほとんどが広告収入だ[2]。広告がよく出てくると感じる利用者は多いだろうが、SNSに投稿したり閲覧したりするときに費用は一切かからない。

 しかし、グーグルは最近、世界最大の動画共有サービスである「ユーチューブ(YouTube)」で「ユーチューブプレミアム(YouTube Premium)」という月額課金のサービスを始めている。そもそも無料で動画を共有できるのがユーチューブの特徴だが、月額1180円のユーチューブプレミアムに加入することによって、広告なしで動画を視聴する、ユーチューブオリジナルの映画やドラマを視聴するといったことが可能になる。

 サブスクリプションモデルは、企業向けネットサービスでも存在感を増している。

 まず、よく知られているが、アドビは、デザインやドキュメント関連のビジネスパソコンソフトウエアを、パッケージによる売り切り販売から、サブスクリプションモデルでの提供に切り替えた。売り切りの場合、購入時点の機能は保証されるが、大きな機能向上は行われない。それに対して、サブスクリプションモデルに基づく提供では、利用者が支払いを続ける限り、バージョンアップによる機能追加が可能になる。

 サーバーというコンピューターやアプリケーションソフトウエアをインターネット経由で提供するクラウドサービスも広い意味のサブスクリプションモデルを採用していると言える。月単位、あるいは短いものでは秒単位の課金でサーバーなどを利用することができる。もっとも、これはサービスメニューに応じて料金が変化する「階段型サブスクリプション」と呼んだほうがよさそうだ。

米IT大手はサブスクモデルへの取り組みに大きな温度差

 次に、このサブスクリプションモデルのビジネスへの転換がどれくらい進んでいるのか、米国IT大手の動向を見てみよう。

 グーグル、アップル、フェイスブックアマゾン・ドット・コムは「GAFA」という言葉でひとくくりにされるものの、ビジネスモデルはそれぞれ異なる。先ほど見たように、グーグルとフェイスブックは広告収入を主にしているが、アップルとアマゾンはどうであろうか。

 アップルはiPhoneをはじめとしたハードウエア商品の販売が主軸であるものの最近は落ち込むこともある状態だ。それを補うべく成長を続けているのが、音楽や映画をネット経由で販売する「アイチューン(iTunes)」のようなサービス事業だ。さらにそのサービス事業の中でも音楽が聞き放題になる「アップルミュージック(Apple Music)」のようなサブスクリプションモデルによる収入の増加が目覚ましい。音楽ビジネス業界では、スポティファイをはじめとするサブスクリプションモデルの事業が拡大傾向にあるため、アップルもビジネスモデルの見直しを進めているともいえよう。

 アマゾンは電子商取引(Eコマース)による書籍や家電などのハードウエア商品の販売が売上高の主軸となっている。そうしたなか、企業向けの広い意味のサブスクリプションビジネスとして、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)のようなクラウドサービスの売上高のシェアを伸ばしている点が注目できる。2019年第2四半期時点での過去12か月の売上高に占めるAWSの比率は約12%となっている[3]。

 以上のように、GAFAは全般に、サブスクリプションモデルを既にビジネスに取り込んでいるものの売上高に占める比率がそれほど大きいわけではない。フェイスブックについては、サブスクリプションビジネスへ一部のサービスで部分的に試験的に取り組んでいるという報道はあるものの、一般に提供されるものにはなっていないのが現状だ。

サブスクリプションモデルの波に上手に乗ったマイクロソフト

 GAFAには含まれていないが、世界を代表するIT大手でサブスクリプションモデルの波へ上手に乗った企業がある。それがマイクロソフトとアドビだ。

 マイクロソフトについては、この連載でも「マイクロソフトが再び輝くための成長のカギとは?」で取り上げた[4]。これまで、「マイクロソフトオフィス(Microsoft Office)」などのビジネスソフトウエア製品は箱詰めして売り切り販売していたが、「オフィス365(Office 365)」という新たなブランドを立ち上げ、マイクロソフトオフィスなどをサブスクリプションモデルで法人・個人向けに提供する形態へ変革した。売り切りで購入することもまだできるが、今ではオフィスソフトを月・年当たりの課金で利用する場合が多いだろう。

 同社のオフィス製品を含む「プロダクティビティーとビジネスプロセス(Productivity and Business Processes)」セグメントは2020年度第1四半期の会社による業績予想で、売上高が107億~109億ドルになるとされており、全社の約3分の1を占める[5]。それほどの大きな規模のビジネスで同社は「売り切り」から「サブスク」への切り替えを進めているといえる。

 併せて、マイクロソフトは「アジュール(Azure)」と総称するクラウドサービスを急速に拡充している。「マイクロソフトといえばパソコン用のオフィスソフトが売上高の主力なのだろう」とお考えの方も多いかもしれないが、実はアジュールを含む企業の情報システム基盤製品・サービスをまとめた「インテリジェントクラウド(Intelligent Cloud)」セグメントの売上高は、2020年度第1四半期の売上高の業績予想では103億~105億ドルになり、やはり全社の約3分の1を占める。

 同セグメントの中で、アジュールの2019年度第4四半期の売上高成長率は対前年同期比で64%増と非常に大きな伸びを続けており、先ほど見たオフィス365のようなサブスクリプションモデルのビジネスの売上高が大きく伸びている様子がうかがえる[6]。

 マイクロソフトの主力製品であるソフトウエアはインターネットの進化にともなって、ネットワーク経由で提供できるようになった。同社はその波に乗り、これまでの自社製品の販売方法を抜本的に切り替えたといえる。

アドビは9割近くがサブスクリプションモデルでの売り上げ

 「フォトショップPhotoshop)」「イラストレーター(Illustrator)」などのデザインソフトウエア、並びにアクロバットAcrobat)などのドキュメントソフトウエアの大手として知られるアドビもサブスクリプションモデルへの移行をうまく進めた例としてよく取り上げられる。

 アドビは「フォトショップ」や「イラストレーター」といったソフトウエアを、「アドビ・クリエイティブ・クラウド」というサブスクリプションモデルの課金サービスで提供している。2019年度の売上高90.3億ドルのうち、その「アドビ・クリエイティブ・クラウドAdobe Creative Cloud)」が含まれる「デジタルメディア(Digital Media)」セグメントの売上高が63.3億ドルに達する[7]。

 また、アドビでは、そうしたサブスクリプションモデルに基づくビジネスの比率が高まり、全社の売上高の88%を占めるという。同比率は2016年度には78%、2017年度には84%であった。売上高を拡大しながら比率が拡大していることも併せて考えれば、同社のソフトウエアビジネスはサブスクリプションモデルへの転換がうまく進んでいると言える[8]。

 マイクロソフトとアドビに共通するのは、もともと実績があった、ややもすれば一つひとつは高価なパッケージ製品の売り方を、デジタルな分割払いへ変えたと言えなくもないところだ。もちろん、マイクロソフトのアジュールでは、それまでパッケージで提供していなかったような新サービスをサブスクリプションモデルで提供するといったビジネスを行っているが、それらだけではここまで急速な転換はできなかっただろう。

 そして、さらにややうがった見方をすれば、インターネットという社会インフラのアップグレードが続くという外部環境の変化と、高価なパッケージ製品に対する利用者の価格引き下げ圧力が、デジタルな分割払いへの転換を余儀なくしたとも言える。つまり、サブスクリプションモデルへの転換が、どこまで企業による主導的な動きであったか、どこまで利用者の利便性を高めたのかどうか判然としないところがある。

 それに比べると、ネットフリックスはインフラ環境のアップグレードと利用者のニーズをさらに上手に組み合わせ、市場を米国内から世界にフォーカスを拡大して成長していると感じる。次回は同社について見てみよう。